集合論 初級
Countability and the Axiom of Choice
初級(大学1-2年レベル)
この章について
初級では、無限集合の「大きさ」を比較する方法を学ぶ。Cantor の対角線論法により、無限にも階層があることを理解する。また、選択公理とその同値な形(Zorn の補題、整列可能定理)を学び、現代数学で「当たり前に」使われる強力な道具を手に入れる。
前提知識
- 入門レベルの内容(集合、写像、関係)
- 全射・単射・全単射の理解
- 論理記号の読み書き
目次
1. 冪集合と直積
集合から新しい集合を構成する。
- 冪集合 $\mathcal{P}(A)$
- 順序対と直積 $A \times B$
- n個の直積
2. 濃度の比較
無限集合の大きさ。
- 濃度が等しい $|A| = |B|$
- 濃度の大小 $|A| \leq |B|$
- Cantor-Bernstein の定理
3. 可算集合
有限、または自然数と同じ大きさ。
- 可算集合の定義
- 整数 $\mathbb{Z}$ の可算性
- 有理数 $\mathbb{Q}$ の可算性
4. 可算集合の性質
可算性の保存。
- 可算集合の無限部分集合
- 可算個の可算集合の和
- 有限個の直積
5. 対角線論法
Cantor の革命的アイデア。
- 0-1 列と実数の非可算性
- 「対角線」という割り当ての意味
- 小数展開の二重表現という落とし穴
6. カントールの定理
どんな集合も自分の冪集合より小さい。
- 定理の主張 $|S| < |\mathcal{P}(S)|$
- 対角線論法による証明
- 発展:連続体仮説とカントールのパラドックス
7. 連続体の濃度
実数の大きさ。
- $|\mathbb{R}| = |[0,1]| = |\mathcal{P}(\mathbb{N})|$
- 連続体濃度 $\mathfrak{c}$
- $\mathbb{R}^n$ の濃度
8. カントール集合
中央を除き続けて得られる、測度 0 の非可算集合。
- 3 進展開による構成と基本性質
- 発展:自己相似性とハウスドルフ次元
- 発展:カントール関数(悪魔の階段)
9. 選択公理
非構成的な選択。
- 選択公理の主張
- 有限選択との違い
- 選択公理が必要な場面
10. Zorn の補題
極大元の存在。
- 半順序集合
- 鎖と上界
- Zorn の補題の主張
11. 整列可能定理
任意の集合は整列できる。
- 整列順序の定義
- 整列可能定理の主張
- 三つの同値性
12. 選択公理の応用
選択公理を使う定理。
- ベクトル空間の基底の存在
- イデアルの極大性
- Tychonoff の定理
13. 選択公理の帰結
奇妙な結果。
- Vitali 集合
- Banach-Tarski のパラドックス
- 選択公理の直観に反する帰結
14. ペアノの公理
自然数を公理で特徴づけ、集合論の中で構成する。
- ペアノの 5 つの公理と後者関数
- 加法・乗法の再帰的定義
- 二階ペアノ公理の範疇性とフォン・ノイマン構成
詳しく読む
主要な定理
Cantor-Bernstein の定理
$|A| \leq |B|$ かつ $|B| \leq |A|$ ならば $|A| = |B|$。すなわち、単射 $f: A \to B$ と $g: B \to A$ が存在すれば、全単射 $h: A \to B$ も存在する。
Cantor の定理
任意の集合 $A$ に対し、$|A| < |\mathcal{P}(A)|$。特に、$A$ から $\mathcal{P}(A)$ への全射は存在しない。
対角線論法
実数全体 $\mathbb{R}$(または $[0,1]$)は非可算である。自然数から実数への全射は存在しない。
選択公理 (AC)
空でない集合の族 $\{A_i\}_{i \in I}$ が与えられたとき、各 $A_i$ から一つずつ元を選んで新しい集合を作ることができる。
Zorn の補題
空でない半順序集合 $P$ において、すべての鎖が $P$ の中に上界を持つならば、$P$ には極大元が存在する。
このレベルで理解できる応用
線形代数での応用
任意のベクトル空間は基底を持つ(Zorn の補題を使用)。この「任意の」という一般定理に選択公理が本質的である(個々の空間では基底を具体的に書ける場合もある)。
代数学での応用
単位元をもつ環の任意の真イデアルは極大イデアルに含まれる(Zorn の補題)。体の代数閉包の存在も Zorn の補題で示せる。
位相空間論での応用
任意個のコンパクト空間の直積はコンパクト(一般形の Tychonoff の定理は選択公理と同値)。
無限の理解
$|\mathbb{N}| < |\mathbb{R}| < |\mathcal{P}(\mathbb{R})| < \cdots$ と無限の階層が続く。
学習のポイント
- 対角線論法を理解する:Cantor のアイデアは、無限集合を理解するための中心的な発想
- 選択公理の意味:「選べる」ことは自明でないことを認識する
- 三つの同値性:AC ⟺ Zorn ⟺ 整列可能を理解する
- 応用を知る:抽象的な公理が具体的な定理にどう使われるか
- 可算和には注意:「可算個の可算集合の和は可算」は ZF だけでは一般に証明できず、可算選択公理などの弱い選択原理を使う。ただし各集合の数え上げがあらかじめ与えられている場合は選択公理は要らない。第4章で先に触れるが、その意味は第9章以降で分かる
索引
定義索引(一般的な概念)
このレベルで登場する用語・記号・人名の定義一覧である。
読み物
満室なのに泊まれる宿 [読み物]
満室でも客を迎え入れる無限ホテル。部屋をずらすトリックから、可算と非可算、そして「無限にも大きさの違いがある」というカントールの発見まで肩の力を抜いて語る。
数えずに比べる [読み物]
数えあげなくても大きさは比べられる。羊飼いの石ころから写像という物差しへ、そして「片道の単射が二本あれば同じ大きさ」というカントール=ベルンシュタインの定理まで、一対一対応の発想を気軽に語る。
選ぶという、ささやかな大事件 [読み物]
無限個の箱から一つずつ選ぶ。たったそれだけのことが、なぜ公理になったのか。ラッセルの靴下と靴のたとえから、選択公理・ゾルンの補題・整列可能定理が同じものだという驚き、そしてバナッハ=タルスキのパラドックスまで気軽に語る。