絶対誤差
この章の目標
絶対誤差の定義と性質を理解し、加減算では厳密な上界、乗除算や一般の関数では主に1次近似によって計算結果の誤差を見積もる考え方を学ぶ。相対誤差との使い分けの判断基準を身につける。
前提知識
- 第1章: 浮動小数点数 — コンピュータでの数の表現を理解していること
- 第5章: 有効数字と丸め誤差 — 有効数字の概念 (§5 で関係を扱う)
- 微分の基礎 — 誤差伝播 (§4) で $f'(x)$ を使う
1. 定義
絶対誤差(Absolute Error)とは、真値 $x$ と近似値 $\tilde{x}$ の差の絶対値である。
絶対誤差は測定値や計算値がどれだけ真値からずれているかを、実際の量(単位付き)で表す最も基本的な誤差の尺度である。
絶対誤差の主な発生源は、(1) 測定誤差、(2) 有限桁で表現することによる丸め誤差(第8章)、(3) 無限の過程を有限で打ち切ることによる打ち切り誤差(第9章)であり、本章はそれらをまとめて「どれだけずれているか」で測る。
絶対誤差の性質
- 常に非負: $E_{\text{abs}} \ge 0$
- $E_{\text{abs}} = 0$ は近似が完全に正確であることを意味する
- 真値と同じ単位(次元)をもつ
- 真値の大きさで正規化しない — 同じ差であれば、真値の大きさが異なっても絶対誤差の値は同じである。例えば近似値 $1.01$(真値 $1$)と近似値 $1\,000\,000.01$(真値 $10^6$)の絶対誤差はどちらも $0.01$ である。ただし後者の方が相対誤差は格段に小さく、相対的に見ればずれは小さい
本稿では、符号付きの誤差を $\Delta x = \tilde{x} - x$ と定める。この量を真の誤差(true error)と呼ぶこともあるが、符号の規約は文献により逆向き(真値 $-$ 近似値)の場合があるので注意する。本稿の規約では $\Delta x > 0$ は過大評価、$\Delta x < 0$ は過小評価を意味する。
2. 計算方法と真値が未知の場合の扱い
絶対誤差の計算は単純な引き算と絶対値の操作である。
$$E_{\text{abs}} = |x - \tilde{x}|$$実際の応用では、真値 $x$ が未知であることが多い。その場合、以下のような代替手段が用いられる。
- 誤差限界(error bound): 絶対誤差の上界 $|x - \tilde{x}| \le \varepsilon$ を求める
- 事後推定: 反復法において、収束が確認できる場合に、連続する近似値の差 $|\tilde{x}_{n+1} - \tilde{x}_n|$ を誤差の目安とする。ただし一般には真の誤差そのものではない。収束比 $r$ が $1$ に近い(収束が遅い)と、$\tilde{x}_{n+1}$ の真の誤差はこの差の $r/(1-r)$ 倍程度に達し、大きく過小評価する
- 残差: $f(x) = 0$ を解く場合、$|f(\tilde{x})|$ を近似の良さの指標として用いる。ただし残差は関数値のずれであって解の誤差 $|\tilde{x} - x|$ とは単位も異なり、解の誤差に結びつけるには根の近くで $|f'(x)|$ が十分大きいことなどが必要である。$|f'|$ が小さい(悪条件な)問題では、残差が小さくても解の誤差は小さいとは限らない
測定結果の表記では、$\tilde{x} \pm \varepsilon$ のように絶対誤差の限界を明示する。例えば、誤差限界として「長さ $= 3.14 \pm 0.01\;\text{m}$」と書く場合は、絶対誤差が $0.01\;\text{m}$ 以下であることを表す。本稿の $\pm$ はこの意味で用いる(測定の分野では $\pm$ が標準不確かさや信頼区間を表すこともある)。
3. 相対誤差との比較
| 性質 | 絶対誤差 | 相対誤差 |
|---|---|---|
| 定義 | $|x - \tilde{x}|$ | $|x - \tilde{x}| / |x| \quad (x \neq 0)$ |
| 単位 | 真値と同じ単位 | 無次元(%で表示可) |
| 真値 $x = 0$ の近傍 | 意味がある | $x = 0$ では定義できない($0$ の近傍では不安定) |
| スケール不変性 | なし | あり |
| 適した場面 | 同一スケールの比較 | 異なるスケールの比較 |
絶対誤差と相対誤差は相補的な関係にある。ゼロ近傍では相対誤差が不安定または未定義になるため、絶対誤差や問題固有の許容誤差で評価することが多い($x = 0$ を含む場合の修正定義は第7章 §5 を参照)。異なるスケールの比較では相対誤差も併用する。
4. 誤差伝播の上界と1次近似
$\tilde{x} = x + \Delta x$, $\tilde{y} = y + \Delta y$ とする。四則演算における誤差伝播を、加減算では厳密な上界として、乗除算では高次の誤差項を無視した1次近似として述べる。
加法・減法
$$|\Delta(x \pm y)| \le |\Delta x| + |\Delta y|$$加減算では絶対誤差の上界が加算的に伝播する。特に減法で $x \approx y$ の場合、絶対誤差の上界は加法と同様に $|\Delta x| + |\Delta y|$ だが、結果 $x - y$ が小さいため相対誤差が大きくなりやすい(桁落ち)。
乗法
$$|\Delta(xy)| \le |y||\Delta x| + |x||\Delta y| + |\Delta x||\Delta y|$$実際、$\tilde{x}\tilde{y} - xy = y\,\Delta x + x\,\Delta y + \Delta x\,\Delta y$ である。$|\Delta x|, |\Delta y|$ が十分小さいときは 2 次の項 $|\Delta x||\Delta y|$ を無視して $|\Delta(xy)| \lesssim |y||\Delta x| + |x||\Delta y|$ と見積もる(1次近似)。右辺は各項に絶対値を付けた最悪の場合の上界であり、$\Delta x$ と $\Delta y$ の符号が打ち消し合えば実際の誤差はこれよりずっと小さい。
除法
$$\left|\Delta\left(\dfrac{x}{y}\right)\right| \lesssim \dfrac{|y||\Delta x| + |x||\Delta y|}{|y|^2} \quad (y \neq 0)$$$y \neq 0$ かつ $|\Delta y|$ が $|y|$ に比べて十分小さい($\tilde{y}$ が $0$ をまたがない)ときの1次近似である。$|y|$ が小さいと誤差は大きく増幅される。
一般の関数
$f$ が $x$ の近傍で微分可能で、$|\Delta x|$ が十分小さいとき、1次近似として
$$|\Delta f| \approx |f'(x)| \cdot |\Delta x|$$と見積もる($\Delta f \approx f'(x)\,\Delta x$ の両辺の絶対値。乗除の式と違い、これは誤差の大きさそのものの近似値である)。厳密な上界が必要なら、近傍での $|f'|$ の最大値 $M$ を用いて $|\Delta f| \le M |\Delta x|$ とする(平均値の定理)。多変数関数 $f(x_1, x_2, \ldots, x_n)$ の場合は
$$|\Delta f| \lesssim \sum_{i=1}^{n} \left|\dfrac{\partial f}{\partial x_i}\right| |\Delta x_i|$$となる。これは各誤差が最悪の向きにそろった場合の1次近似の上界である。誤差が互いに独立なランダム量である場合は、二乗和 $\sqrt{\sum_i (\partial f/\partial x_i)^2 \sigma_i^2}$ で合成する(参考資料の「Propagation of uncertainty」が扱うのはこちらである)。
5. 有効数字と絶対誤差限界
近似値 $\tilde{x}$ が $n$ 桁の有効数字をもつとは、絶対誤差が
$$|x - \tilde{x}| \le \dfrac{1}{2} \times 10^{m-n+1}$$を満たすこと(絶対誤差が第 $n$ 位の桁の半分以下)をいい、この不等式を満たす最大の非負整数 $n$ を有効数字の桁数とする。ここで $m$ は $\tilde{x}$ の最高位の桁の指数、すなわち $10^m \le |\tilde{x}| < 10^{m+1}$ を満たす整数である。例えば $\tilde{x} = 3.1416$ では $m = 0$ であり、これが5桁の有効数字をもつならば $|x - \tilde{x}| \le 0.00005$ である(4桁なら上界は $0.0005$)。
6. 計算例
例1: 円周率の近似
$\pi = 3.14159265\ldots$ に対する各近似値の絶対誤差:
| 近似値 $\tilde{x}$ | 絶対誤差 $|x - \tilde{x}|$ |
|---|---|
| $3$ | $0.14159\ldots$ |
| $3.14$ | $0.00159\ldots$ |
| $22/7 \approx 3.14286$ | $0.00126\ldots$ |
| $355/113 \approx 3.14159292$ | $2.67 \times 10^{-7}$ |
例2: 誤差伝播の計算
測定値 $\tilde{x} = 2.0$, $\tilde{y} = 3.0$ の誤差限界が $|\Delta x| \le 0.1$, $|\Delta y| \le 0.2$ のとき($\tilde{x} = 2.0 \pm 0.1$, $\tilde{y} = 3.0 \pm 0.2$)、$f = x + y$ と $g = xy$ の誤差限界を求める。
加法: $|\Delta f| \le |\Delta x| + |\Delta y| = 0.1 + 0.2 = 0.3$ であるから、$\tilde{f} = 5.0 \pm 0.3$ である。実際、$x \in [1.9, 2.1]$, $y \in [2.8, 3.2]$ から $x + y \in [4.7, 5.3]$ であり、この界はちょうど成り立つ。
乗法: $\tilde{x}\tilde{y} - xy = \tilde{y}\,\Delta x + \tilde{x}\,\Delta y - \Delta x\,\Delta y$ であるから、$|\Delta g| \le |\tilde{y}||\Delta x| + |\tilde{x}||\Delta y| + |\Delta x||\Delta y| = 3.0 \times 0.1 + 2.0 \times 0.2 + 0.1 \times 0.2 = 0.72$ となり、$\tilde{g} = 6.0 \pm 0.72$ である。1次近似の式では $0.7$ になるが、2 次の項 $0.02$ を落としているため、区間 $[5.3, 6.7]$ は実際に取りうる最大値 $2.1 \times 3.2 = 6.72$ を含まない。界として書くときは 2 次の項を落とさない。
7. よくある質問
Q1. 絶対誤差とは何ですか?
真値と近似値の差の絶対値 $|x - \tilde{x}|$ のことである。近似がどれだけ真値からずれているかを実際の量で表す。
Q2. 絶対誤差と相対誤差の違いは何ですか?
絶対誤差は真値と同じ単位をもつ量であり、相対誤差は絶対誤差を真値の絶対値で割った無次元量である。小さい値と大きい値で同じ絶対誤差でも相対誤差は大きく異なるため、異なるスケールの比較には相対誤差が適している。
Q3. 誤差伝播を使うときの注意点は何ですか?
加減算では絶対誤差の上界 $|\Delta(x \pm y)| \le |\Delta x| + |\Delta y|$ が厳密に成り立つ。乗除算の式は 2 次の誤差項を無視した1次近似であり、界として使うなら 2 次の項を落とさない(§4, §6)。乗除算では相対誤差が加算的に伝播するが、その導出は第7章 §3 で扱う。一般の関数では、誤差が十分小さい場合に1次近似 $|\Delta f| \approx |f'(x)| \cdot |\Delta x|$ で見積もる。厳密な評価には高次項や導関数の上界を確認する。
8. 参考資料
- Wikipedia「誤差」(日本語版)
- Wikipedia「Approximation error」(英語版)
- Wikipedia「Propagation of uncertainty」(英語版)
- R. L. Burden, J. D. Faires & A. M. Burden, Numerical Analysis, 10th ed., Cengage, 2016.
- J. R. Taylor, An Introduction to Error Analysis, 2nd ed., University Science Books, 1997.