ベクトル解析の公式一覧

Vector Calculus Formulas

中級〜上級

概要

ベクトル解析は、スカラー場・ベクトル場に対する微分演算と積分定理を扱う分野である。電磁気学のマクスウェル方程式、流体力学のナビエ–ストークス方程式など、物理法則の記述に不可欠な数学的道具立てを提供する。

行列微分をお探しの方へ: ベクトル・行列を変数とする関数の微分(勾配ベクトル、ヤコビ行列、ヘッセ行列など)は行列微分(Matrix Calculus)を参照。

3次元直交座標でのベクトル微分演算子の早見表

ベクトル解析でよく使う微分演算を、まず3次元直交座標でまとめる。直交座標では、いずれもナブラ演算子 $\nabla = (\partial/\partial x,\, \partial/\partial y,\, \partial/\partial z)$ を用いて統一的に記述できる。円柱座標・球座標では、同じ記号 $\nabla$ を使っても成分公式が変わる(第3章)。

このうち grad・div・curl は 1 階の微分演算子であり、ラプラシアンは $\nabla^2 f = \nabla \cdot (\nabla f)$ のように grad と div の合成として現れる代表的な 2 階微分演算子である。

演算 記法 入力 → 出力 定義 物理的意味
勾配 (grad) $\nabla f$ スカラー場 → ベクトル場 3次元直交座標で $\left(\dfrac{\partial f}{\partial x},\, \dfrac{\partial f}{\partial y},\, \dfrac{\partial f}{\partial z}\right)$ 最急上昇方向と変化率
発散 (div) $\nabla \cdot \mathbf{A}$ ベクトル場 → スカラー場 3次元直交座標で $\dfrac{\partial A_x}{\partial x} + \dfrac{\partial A_y}{\partial y} + \dfrac{\partial A_z}{\partial z}$ 湧き出し・吸い込みを含む正味の流出率
回転 (curl) $\nabla \times \mathbf{A}$ ベクトル場 → ベクトル場 3次元直交座標で $\left(\dfrac{\partial A_z}{\partial y} - \dfrac{\partial A_y}{\partial z},\, \dfrac{\partial A_x}{\partial z} - \dfrac{\partial A_z}{\partial x},\, \dfrac{\partial A_y}{\partial x} - \dfrac{\partial A_x}{\partial y}\right)$(詳細 渦の強さと方向
ラプラシアン $\nabla^2 f$ スカラー場 → スカラー場 3次元直交座標で $\dfrac{\partial^2 f}{\partial x^2} + \dfrac{\partial^2 f}{\partial y^2} + \dfrac{\partial^2 f}{\partial z^2}$ (小球面上の平均)−(中心の値)の極限に比例する局所的な量(ヘッセ行列のトレース)

※ 上の成分表示はいずれも3次元直交座標のものである。円柱座標・球座標では、スケール因子と基底ベクトルの扱いが入るため別の形の公式になる(第3章)。

※ curl を $3 \times 3$ 行列式で書く表示は記憶用の形式的記法である。成分に微分演算子を含むので、数値を成分とする通常の行列式とは意味が違う。

※ ラプラシアンはベクトル場にも作用する(ベクトルラプラシアン $\nabla^2 \mathbf{A}$)。直交座標では各成分に $\nabla^2$ を作用させた形になるが、曲線座標ではこの形にならない(第3章)。

※ 本連載の座標記号は第3章に従う。円柱座標 $(\rho,\varphi,z)$、球座標 $(r,\theta,\varphi)$(物理学および ISO 80000-2 の慣習)。

重要な恒等式

  • $\nabla \times (\nabla f) = \mathbf{0}$ — スカラー場の勾配として得られるベクトル場の回転は常に $\mathbf{0}$(非回転、irrotational)
  • $\nabla \cdot (\nabla \times \mathbf{A}) = 0$ — あるベクトル場の回転として得られる場の発散は常に $0$(ソレノイダル、湧き出しなし)

※ いずれも必要な 2 階偏導関数が存在して連続であること(混合偏微分の交換可能性)を仮定する。ベクトル代数だけから従うわけではない。

目次

  1. 第1章 勾配・発散・回転・ラプラシアン

    ナブラ演算子 $\nabla$ と4つの基本演算、および方向微分の定義・性質・物理的意味

  2. 第2章 ベクトル解析の恒等式一覧

    内積・外積の代数公式、$\nabla$ の積の公式、二階微分の公式、位置ベクトルの公式、$(\mathbf{A} \cdot \nabla)$ 演算子までの全66式

    全66式の個別証明: 内積・外積の代数公式勾配の公式発散の公式回転の公式二階微分の公式位置ベクトルの公式$(\mathbf{A} \cdot \nabla)$ 演算子

  3. 第3章 座標系別のベクトル微分公式

    直交座標・円柱座標・球座標・一般直交曲線座標での grad, div, curl, ラプラシアンと、座標系ごとの比較表

  4. 第4章 積分定理

    発散定理(ガウス)、ストークスの定理、グリーンの定理と、定理どうしの関係

    証明: 積分定理の証明

前提知識

  • 多変数関数の偏微分
  • ベクトルの内積・外積
  • $3 \times 3$ 行列式の展開(curl の行列式表示を読むために使う)
  • 多変数関数の積分の基礎(重積分。線積分・面積分は第4章の冒頭で復習する)

読み物

  • ナブラ ∇ の物語 [読み物] — 勾配・発散・回転を一文字で束ねる ∇。ハミルトンからギブズ、マクスウェルへと続く記号の物語。
  • 流れの湧き出しと渦 [読み物] — 膨らむか縮むか、回るか回らないか。発散と回転が流れの何を測るのかを、水と風のイメージで語る。
  • 形を変えても保たれるもの [読み物] — 袋の口さえ同じなら形は問わない。発散定理とストークスの定理が語る「中身は縁が知っている」という思想。
  • 坂道のある世界 [読み物] — どの道を選んでも高さの差だけで決まる。勾配場・ポテンシャル・保存場が指す「経路によらない」世界。

よくある質問

ベクトル解析の基本演算子にはどのようなものがありますか?

このページでは、grad・div・curl と、代表的な二階演算子であるラプラシアンを基本項目として扱う。勾配(grad, ∇f)はスカラー場から、最急上昇の方向と変化率を表すベクトル場を生成し、発散(div, ∇·A)はベクトル場の正味の流出率(正なら湧き出し、負なら吸い込み)をスカラーで表し、回転(curl/rot, ∇×A)はベクトル場の渦をベクトルで表し、ラプラシアン(∇²f)は、スカラー場では二階偏導関数の和(ヘッセ行列のトレース)を表す。

ベクトル解析と行列微分の違いは何ですか?

ベクトル解析は、主として2次元・3次元のスカラー場・ベクトル場に対する微分演算(grad, div, curl)と積分定理を扱い、電磁気学・流体力学で使われる。行列微分(Matrix Calculus)は任意次元のベクトル・行列を変数とする関数の微分(勾配・ヤコビアン・ヘッセ行列)を扱い、機械学習・統計学で使われる。

ベクトル解析はどのような分野で使われますか?

電磁気学(マクスウェル方程式)、流体力学(ナビエ–ストークス方程式)、熱伝導(熱伝導方程式)、連続体力学、気象学、地球物理学など、物理現象を記述する分野で広く使われる。

ベクトル微分の公式にはどのようなものがありますか?

主要な公式は4つある。勾配∇f(スカラー→ベクトル)、発散∇·A(ベクトル→スカラー)、回転∇×A(ベクトル→ベクトル)、ラプラシアン∇²f(スカラー→スカラー)。さらに∇×(∇f)=0(勾配の回転はゼロ)、∇·(∇×A)=0(回転の発散はゼロ)という重要な恒等式がある。

ベクトル解析で使われる座標系にはどのようなものがありますか?

直交座標(x,y,z)、円柱座標(ρ,φ,z)、球座標(r,θ,φ)の3つが主に使われる(角度記号には流儀があるため、本連載では第3章の表記に従う)。問題の対称性に応じた座標系を選ぶことで、grad・div・curl・ラプラシアンの計算が簡潔になる。